教会の日曜礼拝に初めて参加してみた時の話

この記事は一個人の体験に基づいて記述されており、全ての場合において必ずしも一致するものではありません。あくまで参考程度に留めて下さい。

1枚のチラシ

ある時 1枚の啓発セミナーのような内容の案内チラシを見つけました。凝り固まった人生観に良い刺激を与える要因になれば良いかな程度に思っていたと思います。チラシには会場が教会である事と誰でも自由に参加可能である事が書かれていました。ちなみに私は本記事投稿時点でもクリスチャンではありません。

お寺・神社に比べて馴染みが無い

お寺や神社の存在は何かと国内行事に絡んでいて、子供の頃から行く機会が度々あり、身近な存在です。ちょっとした願掛けに近所はたまた遠方の名所に出向いたり、旅の途中に寄ったり…一人で行く事も抵抗が無い人は多いと思います。最近は、1日修行体験が出来るだとか、パワースポットとして御利益があるとかで、メディアを騒がせ多くの人が詰めかけています。それらに比べると、教会の存在については今まで気にも留めたことは無く、そもそも地元にあることすら長く住んでいながらも全く知りませんでした。

多く日本人が持つイメージはカトリック

教会というと、パイプオルガン・赤い絨毯・像・ステンドグラス・厳(おごそか)かな雰囲気…等とイメージが浮かびますが、これは”カトリック”の特徴だそうです。カトリック以外の分類の1つに”プロテスタント”というものがありますが、こちらは遠目で見ると普通の住宅みたいだったりビルの中にある所もあるようです。私が訪れた教会も、住宅街の中に自然に溶け込んでいました。

よくあるイメージ

開かれているけど、毎日は開いていない

教会は、基本的に誰でもウェルカムという感じだそうです。とは言っても一人で扉を開けるのには少し勇気は要ります。しかし、初めて訪れたことを告げれば歓迎されて丁重にもてなしてくれるはずです。また、お寺・神社は基本的にいつも開いていて入る事が出来ますが、教会の場合は日曜の礼拝が主である為に、それ以外は基本的に休みで閉まっている模様。(でも、個々の教会によって様々らしく、カトリック教会は聖堂で祈る集会があり、入れる機会が多いそうです。)訪れた教会は、日曜以外にも集何日か開けているようでした。

普通の家の広い部屋

扉を開けると奥に長い広い部屋です。赤い絨毯が敷き詰めてあり長椅子が並んでいて、部屋の奥の壁に十字架、その前に教壇、その左にピアノ、右に花が活けてあります。教会の雰囲気が作られた広い一室という感じです。パイプオルガン・像・ステンドグラスはありません。

もてなし

牧師さんを始め、主要な方々や何人かの人が話掛けてきます。紹介でも無く1人で訪れる人はあまり無いらしく、沢山の方に歓迎を受けました。小さくて厚い辞書のような讃美歌と大きくて厚い聖書と簡単なアンケート用紙を渡されました。名前や住所等を書く欄がありましたが、名前だけでも可という事で、それだけ書いて渡すと「皆に発表しても良いか」を聞かれて頷くと、礼拝が始まった直後に牧師さんから紹介され全員から拍手を受けました。そして、長く通われている方が隣に座って下さり、礼拝中に色々とサポートしてくれました。

礼拝の内容

大まかに分けて下記の4つです。

  • 讃美歌を歌う
  • お祈りする
  • 聖書を読む
  • 牧師のお話を聞く

讃美歌は何曲か歌いましたが、渡された讃美歌集の掲載曲数は約800曲でした。(実際はもっと相当な数があるそうです)有名な曲は聴いたことがあったので少しは歌えました。他の曲は初めて歌いましたが、持ち前の絶対音感のおかげか大きく外す事もなく歌えました。

お祈りは、牧師さんが話している間に手を組み目を閉じ精神を集中させます。キリスト教なので最後に”アーメン”(その通りという意)を唱えます。途中、自分たちに対して投げかけ、手を挙げさせるような質問もありました。

聖書を読むのは、単に読むだけなら日本語で書かれていますので問題ありませんが、大変なのは指示された箇所を探す事です。かなり大きな国語辞典のような聖書から「〇〇の福音の△の□を開いて下さい」と言われてもページ数が多すぎて辿り着くのに非常に時間がかかるので必然的に隣の方に助けて貰うことになります。内容を補足するような説明を牧師さんが説明して下さいました。

牧師さんのお話は、それ程多いものでは無かったように思います。というもの、他の部分に比べて強く記憶に残っていません。

礼拝の後の交流

礼拝が終わった後は、希望者のみで軽く雑談・交流の時間が設けられています。お菓子を食べながら、昼の食事をしながら色々な方と世間話をします。ちなみに初めての方は、食事が無料な所が多いようで、私も御馳走になりました。次回以降はお金を払う必要がありますが、それでもその金額はとても良心的なものです。

献金も無く勧誘も無い

礼拝中に献金する時間がありましたが、初めての来訪者なので「必要ありません」とキッパリ言われました。(募金をしに来たわけでも無いのにいきなり言われたら二度と行かないと思いますが…)勧誘っぽいのも何もありません。そもそも、”本人が自分で決める事”という感があるそうで、周囲の人がとやかく言うものではないようです。街中でのそういった活動も一切しないとのこと。「またいつでも来てください」というフランクな感じで最後は見送って下さいました。

さいごに

特別何かを信仰している訳では無く、誘われれば神社の初詣やお寺の墓参りに行くような生活を送ってきた私にとって、特定の宗教団体の集まりへ行くことは少々抵抗感がありました。しかし、人生観の捉え方の一つというのでしょうか…こういう考え方もあるのだなと知る事が出来ました。どうも私は、いつも物事を理屈で捉えてしまうので、”教え”といったものに感銘を受けにくいようなのですが、それもこの先の人生の中でもしかしたら変わったりするのかもしれません。

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